裸婦モデルと聞いて思い浮かぶのは高村光太郎です。
高村光太郎は、現代詩の巨人というような表現もされているほどの大物の
詩人としても知られていますが、彫刻家としても知られている一人です。
高村光太郎が結婚した相手である長沼智恵子をモデルとした裸婦像は
とても有名な作品です。このモデルになった智恵子さんとは、熱愛の末に
結婚をしたのですが、結婚をしてから、15年ほどして、智恵子さんの
実家が破産したこともあり、精神異常になり結局は、自殺未遂を起こしたり、
精神分裂症になったりして、肺結核で亡くなってしまいます。
その後高村光太郎さんは、智恵子抄を刊行し、その後、裸婦群像を
智恵子さんをイメージしながら十和田湖の湖畔で作ります。
それから3年後、ほどなくして、東京のアトリエで、高村光太郎さんは
なくなりました。
智恵子さんをモデルにして作られた銅像はとても有名なので、
ご存知の方も多いと思います。
結婚後は壮絶な半生だったとされています。